GOZKI MEZKI

@sophizm の上から涙目線

YouTube著作権「虚偽申請」って、なに?

J-CASTが以下のような記事を配信していた。

YouTube著作権「虚偽申請」の闇 赤の他人が収益をかすめ取る...その手口とは?: J-CAST ニュース

アニメ「ひぐらしのなく頃に」から「why, or why not」をギターアレンジでカバーし、YouTubeに投稿した。この曲はJASRAC著作権を管理しており、JASRACYouTubeと利用許諾締結を結んで権利を処理しているため、ユーザーがJASRACに個別に利用許諾を得る必要はない。

ところがこれを投稿したところ、すぐに著作権を主張する通知が来た。通知があったのは6つの団体からであった。

通知には「(団体名)さんが所有またはライセンスを所持しているコンテンツが含まれている可能性があります。引き続き YouTube には表示されますが、一緒に広告が掲載される可能性があります。」という文面がある。

これがあると動画に広告が表示され、その収益が著作権を主張してきた団体に入る仕組みになっている。本来は権利関係を持たないにもかかわらず、勝手に主張してきた団体に収益が入ってしまうのである。

これらの団体名をネットで検索すると、同様の被害に遭ったとの報告が多数寄せられている。

 

 


実はこの話題、定期的に発生していてそのたびに詐欺だ詐欺だとくすぶり続けているようで、私は疑問を感じつつも静観していた。ただJ-CASTが記事にして、またYahoo!ニュースのトップにも載っていたようで、それちょっと違うんじゃない?というところでブログにすることにした。

 

まず、「youtube 詐欺団体」でググったり、あるいは聞き慣れない団体名でググると、必ず以下のような記事がトップに出てくる。

YouTubeの著作権詐欺団体まとめ|Rei (東洋ケルト楽団)|note

YouTube 不正な著作権侵害の申し立てまとめ - k1017

さらに2016年には下記のツイートがありこれをねとらぼが記事にした経緯もある。

 YouTubeの動画に虚偽の著作権主張……無差別かつ大量 「異議をとなえなければ広告収入が奪われる」 - ねとらぼ

ねとらぼもJ-CASTも虚偽と決めつけて裏取りをしていないように見えるが、私には多くの場合、虚偽とは言えないと思っている。

 

YoutubeJASRAC包括契約をしているのでJASRAC以外からの申請は虚偽ではないかという疑問は理解できなくはないが、しかしJASRACが管理しているのは日本における著作権でしかない。それというのも著作権法というのは「属地主義」というものが採られている。これは

属地主義(ぞくちしゅぎ)とは、法の適用範囲に関する立法主義の一つで、自国領域内に場所的に限定するもの

属地主義 - Wikipedia

というもので、日本の著作権法は日本国内でのみ適用されるのが原則となる。では他の国ではどうなるかというと、その国の著作権法に基づき著作権が生じる。つまり、ある音楽の著作権は国ごとに別々に生じる、ということを意味する。

通常、著作権は著作者に生じる。そのためA国での著作権もB国の著作権もひとりの著作者に帰属することになる。ただし、著作権は譲渡したり信託することができるため著作者が著作権者ではないこともままある。特に音楽では顕著で、その代表がJASRACといえる。

同じように複数の国で複数の権利者が関わる場合、同一の曲に対して複数の団体が申請者として名を連ねていてもおかしくはない。

この点、JASRACは海外の権利団体と管理契約を結ぶことによってJASRACが管理する楽曲は契約している海外の団体の管理地域で利用された場合はその団体がJASRACに代わって許諾、徴収を行う仕組みを整えている。その規模は124団体、96ヶ国4地域に及ぶようだ。

音楽が国際的に管理されるしくみ JASRAC

そのため見慣れない管理団体であっても、JASRACとの相互管理契約に基づいて管理している可能性は十分にあって、見慣れないからと詐欺団体扱いするのは拙速に思える。

 

 

そこで今回の「why,or why not」について具体的に調べてみようとおもったんだけど、予想外のことがおきた。youtubeは動画の詳細欄で著作権情報が見られるので確認してみたところ……

f:id:sophizm:20200727171010p:plain

https://www.youtube.com/watch?v=_1Ty88J3JQU

NexTone……!! JASRACじゃないじゃないか。私の記憶ではNexToneはまだ海外団体との相互管理契約を大々的に締結していないはずだから先程の説明が崩れてしまうではないか……と焦ったんだけどそんなことはなくて、調べてみたら普通にJASRAC管理だった*1

しかも、具体的にどこの団体がライセンス所持者として「その他6件の楽曲著作権管理団体」として名乗り出ているのかはここからは分からないじゃないか!! J-CASTの記事でとりあげられているVTuberの方も具体的に名前を挙げてはいなかったので窺い知ることができないし……残念。

 

 

 

仕方がないので、上記ブログやツイッターで詐欺団体扱いされている団体について調べた。
この中でJASRACと管理契約締結している著作権管理団体は以下の通り*2 

なお、これらの著作権管理団体は総じてCISACというの著作権管理団体に所属しているれっきとした著作権管理団体で詐欺団体ではないと評価して相違ないはずだ(MUSTがCISACに入れていないのは台湾だからなのだろうか……)。
同様にAMRA(アメリカ)もJASRACとの契約はないがCISACに加盟している著作権管理団体だ*3
UBEMはブラジルの著作権管理団体でJASRACとの契約はない。ただしワーナーチャペル、EMIソング、ユニバーサルミュージックパブリッシング等の大手パブリッシャーを代表する包括的な組織で詐欺団体*4ではない。
Kobalt Music Publishingは2017年2月時点のものではあるが、米国における音楽出版社トップ4に入っており配信サービスに特化した新しい著作権管理団体のようだ。ここも詐欺団体ではない*5

ただし、怪しい団体がないわけではなさそうで、少なくとも私が調べた中では以下の2つについては確証が得られなかった。
Securights Inc.はEUとUSを対象とした著作権管理団体ではあるようだが、どの程度のレパートリーを持っているかはわからない。
LatinAutorもwebページ等が消失しており実態のよくわからない団体だ。ウルグアイ著作権管理団体で、過去にはCISACに加盟していたが現在は脱退しているようだ*6。LatinAutorでのGoogle検索も多いようで、英語記事でもこいつはなにものだ?というトピックスがいくつも見られる。

 

 

以上のように、私が調べた限りでは詐欺団体扱いされている多くの団体が正規の著作権管理団体といえる。少なくとも「_CS」とついているのは詐欺団体とか、短い大文字の略称なら詐欺団体みたいな分類方法は誤りだと言える。ただし、もちろん正規の著作権管理団体だからといって申請を行った曲の管理を実際にしているかどうかは個別の検討が必要ではあるが、それでもJASRAC管理の楽曲でJASRACと管理契約を締結している海外の著作権管理団体であればレパートリーは共有しているはずで、多くの場合、実際に管理をしているということになるのではないだろうか。

 

 

適正な管理団体が保持するレパートリーに基づく申請は「虚偽申請」とは言えないだろう。多くの適正な団体が名指しで詐欺呼ばわりされ、それが検索トップに立ち、不安に思って検索したひとがそれを読んで嘘を思い込まされ、SNSでシェアし、デマが蔓延る。J-CASTに取り上げられたVTuberさんもそんな嘘に飲み込まれた被害者の一人だと思うし、それを責めるつもりなんて微塵もないけれど、この記事が読まれることで少しでも理解の助けになれば幸いだと思う。

 

なお、古いトピックスやねとらぼの任天堂の件*7などを読むと、実際、Content IDが始まってしばらくは虚偽の権利主張をする団体がいくつも見られたようだが、最近では詐欺の疑いをかけられているものの多くが正規で、またJ-CASTで取材に応じているようにGoogleも対応していることで浄化されているようだ。「著作権といえばガメつい権利屋」みたいなイメージを強く植え付けたのが誰かは言わないけれど、少なくともこの件については各権利団体が適正に権利処理を行っているように見える。

*1:書かれているNexToneのURLを見に行ってみたところNexToneの中にはデジタルディストリビューション事業というものがあり、ここではYouTubeでの音楽原盤管理を行っているらしい。知らなかったのだが、著作権ではなく原盤権の管理も行っていたようだ。そこで改めてJASRACで確認したところ「why,or why not」はJASRAC管理となっていることが確認できた(JASRAC作品コード 131-7310-3)。つまりこの曲は著作権JASRACが管理し、フロンティアワークスの原盤権をNexToneが管理しているということのようだ。ややこしい……。

*2:海外においてJASRACレパートリーが管理されている国/地域および契約団体についてはJASRACがリストを公開しているのでそちらを参照した https://www.jasrac.or.jp/link/overseas/pdf/territory.pdf

*3:https://members.cisac.org/CisacPortal/directorySociety.do?method=detail&societyId=469

*4:CISAC - UBC, APS and UBEM Form United Coalition, Launch Manifesto for Fair Remuneration of Musical Works

*5:JETROの資料を参照https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/02/2017/af531eb825543cb0/US_2016_Music.pdf

*6:https://members.cisac.org/CisacPortal/directorySociety.do?method=detail&societyId=153

*7:ただ、任天堂のゲーム部分の配信に関する許諾と、ゲーム内音楽の配信に関する許諾がどのように処理されているのか不明で、音楽部分についてまではライセンスに入っていない等の場合は著作権主張も適切なのではないかとおもう。