違法化前に損害がなかったというのは詭弁なのか屁理屈なのか。
前回の日記でこう書いた。
違法ダウンロードが著作権者の権利を侵害し続けていたというのはウソだ。損害を与え続けているというのもウソだ。ダウンロード違法化は、合法だったダウンロードを「権利侵害」にし、「損害」と法定させたから権利侵害であり損害になったのであり、違法化の前後を問わず本質的に権利を侵害し損害を与える行為だったわけではない。
これに対して、twitterでこういう質問をいただいた。
知識ないからアレだけど、合法だった=損害はなかったってのは、言葉の問題じゃないのかな?と。法的に損害はなく、経済的倫理的には未知数、感情的には一部損害あったんじゃねってのが正確?違法ダウンロードが刑罰化されることについてd.hatena.ne.jp/sophizm/201204…
— asano masaruさん (@sarustar) 4月 19, 2012
また、ブコメでも屁理屈だという指摘をいただいた。確かに損害概念については端折って書いているため、言葉足らずな側面があるだろうことは予想していた。文章の長さと取っ付きやすさのため、ということでご容赦願いたい。
そこで今回はこの点について考えを書いてみたい。学問的な通説や実務的な価値観とは異なる場合もあるかと思いますが、一私感なので、ご指摘いただけるとありがたいです。
ダウンロードが2年前に違法化される前は、損害ではなかった。このことについて、以下の二点を挙げる。
1,損害は法定概念であること
著作権侵害に対して損害の賠償を求められる根拠は何か。これは端的に民法不法行為に基づく損害賠償請求だ。具体的には民法709条に基づくもの*1。
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
民事的な責任として、賠償請求されうる損害とは709条に明らかなように「他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した」ことによる損害だ。
前回書いたとおり、2年前に改正されて違法化される前は、私的なダウンロードは合法だった。それは著作権法30条*2によって著作権が制限されていたことに根拠がある。そのため、私的なダウンロードをされることは「他人の権利」も「法律上保護された利益」も侵害していない。権利を制限し、法律上の保護を明示的に否定していた行為だったからだ。
とりあえず損害が法定概念であるという前提に立てば、違法じゃないなら損害も発生し得ない。
ただ、感覚的に違和感があるのは理解できる。ここで言っていることは、刑法が出来る前は人を殺しても殺人罪じゃなかった、という類のものだ。民法がなければ、人が死んでも損害はなかったと言えるのか、とも言える。さらに、考え方次第では、「他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した」かどうかは原因の問題であって、それの有無に関わらず「損害」というのは独立した概念ではないか、とも言える*3。
法的に損害はなく、経済的倫理的には未知数、感情的には一部損害あったんじゃね
というのは、おそらくそういう側面を指摘しているのではないかと思う。ただし、著作権に於いては、その側面を否定できるだけの根拠が本質的に備わっているはずだ。
つまり、著作権の財産性は何に由来するか、という点に。
2,無体財産権ということ
著作権は無体財産権だ。
「物体」として「存在」が法律の有無に関わらず明らかな「有体財産権」とは異なり、無体財産権は物体として存在が明確ではない。有体財産権は、人類がうまれて所有という概念が生まれたそのときから、土地はあり、物はあった。物が欠けたり、盗まれたり、亡くしたり、土地を奪われたりすれば、それは法律の有無に関わらず抽象的一般的な意味での「損害」として、歴然とそこにあったはずだ*4。
物に対する権利*5、特に分かりやすい所有権と対をなす概念としては「権利」というのがある。厳密には債権と呼ばれるが、契約上生じる権利だ。お金を貸したら返してもらう権利、働いたらお給料をもらう権利、などだ。これらも抽象的概念で物体としての存在が明らかではない。
しかし、著作権は「債権」ではなく前者の「物に対する権利」に類する地位を与えられている。
与えられている。
何によって与えられているか。著作権法だ。
著作物に対する権利は*6、著作権法という法律があって初めて生じるもので、著作権法が与えた権利だ。表現に法的に確とした財産的価値を与えているのは著作権法なのだ。
そこで、違法ダウンロードについて。私的なダウンロードが違法化される前は、著作権法はその行為を著作権者の法的に確とした財産的価値の埒外としていた。法律によって財産的価値が付与された著作物に対して、法律によって財産的価値が付与されていないものは、価値を侵害しようがない。当たり前のことだ。
合法ダウンロードに損害があったという主張は、それは俺のものじゃないし法律も俺のものじゃないって明言してるけど、でもやっぱり俺はそれが俺のものだと思うし気分的にもムカつくだろ常識的に考えて、って言ってるようなものなのよ*7。
著作権侵害を窃盗になぞらえるのは、ミスリードであり考えるチカラを奪う。物体であれば確かにそこにあるものだが、無体財産はそもそも確かにそこにあるかどうかも疑わしいということを忘れてはいけないと思う。