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@sophizm の上から涙目線

国語の教科書の作者写真に落書きしたら犯罪 〜ホントは怖い同一性保持権侵害〜

最近は、専門家が専門家ゆえに無責任には言えないことや、事実関係が明確じゃないから口を挟みにくいところに突っ込んで行くのが私の役目かなとか思いつつあります、こんにちは、sophizmです。いつものように誤っていたらごめんなさい。



0,導入

タイトルは結論部分。興味が無い人は4まで読み飛ばしてください。



1,事案

そのニュースが届いたのは昨夕(5日)のこと。内容は、海賊版ネットゲームをサーバに開設して正規のゲームとは異なるゲーム空間を作りだしてプレーさせたことが著作権違反に当たるとして神奈川県警が男性を逮捕したというものだった。ところが、このニュースはそのタイトルからして怪しいものだった。

オンライン海賊版ゲーム ユーザーも初摘発へ 神奈川県警  - MSN産経ニュース -

 オンラインゲームのプログラムを不正に入手し、別のサーバー上で正規ゲームと同様のゲーム空間を作り出した上で多数のユーザーにプレーさせたとして、神奈川県警が近く、著作権法違反容疑でサーバーを管理していた大阪府八尾市に住む20代前半の男について、書類送検する方針を固めたことが4日、捜査関係者への取材で分かった。

 このゲーム空間が違法な“海賊版”と知りながらプレーしていた複数のユーザーについても同容疑書類送検する方針で、ユーザーにまで同法を適用した摘発は全国初になるという。

模倣ゲーム、サーバー開設者と利用者初の摘発へ : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

オンラインゲームの利用者にエミュレーター(模倣)サーバーに接続させ、正規のゲームとは異なるゲーム空間を作りだしてプレーさせたとして、神奈川県警は近く、模倣サーバーを開設した大阪府八尾市の20歳代の無職男を著作権法違反(同一性保持権の侵害)ほう助などの容疑書類送検する方針を固めた。

県警はゲームを利用したいずれも会社員の30歳代と40歳代の男2人も同法違反容疑で書類送検する方針。

ひとつはタイトルにある「利用者初の摘発へ」という点。今ひとつは、サーバ開設者が著作権法違反ではなく「著作権法違反の幇助」だということ。

1つ目のなにが疑問かというと、例えそれが海賊版であっても、「利用は(広義の)著作権を侵害しない」からだ*1。ユーザが海賊版を利用したことが著作権法上どのような問題があるのか、甚だ疑問だった。また、記事では「同容疑」「同法違反」とあるが、それが何を指すのか明らかでなく、同一性保持権侵害を指すのか、同一性保持権侵害幇助を指すのか、それとも包括的に著作権違反を指し前二者に関係のない容疑なのかも分からなかった。

2つ目の疑問点は、海賊版のプログラムをサーバに展開しこれを広く公衆に送信する行為は、まさしく「自動公衆送信」ど真ん中で「公衆送信権」を侵害する正犯とするのが素直な解釈なのに、なぜか神奈川県警は開設者を幇助という共犯、しかも公衆送信権侵害ではなく「同一性保持権」侵害という著作者人格権を根拠にしている。いかにも迂遠ではないか。




一夜明けて、昨日の報道通りユーザも書類送検された。また、追加報道により若干だが詳しい事実も明らかになった。

海賊版ゲームで大阪の無職男ら書類送検 全国初 - 芸能社会 - SANSPO.COM(サンスポ)

オンラインゲームの海賊版を作ってネット上で公開していたなどとして、神奈川県警は6日、著作権法違反(公衆送信権の侵害)と同幇(ほう)助(じょ)(同一性保持権の侵害)の疑いで、大阪府八尾市の無職の男(23)を書類送検した。また、海賊版でプレーしたとして、同法違反(同一性保持権の侵害)の疑いで、東京都内の男2人も書類送検した。県警によると、オンラインゲームの海賊行為と、それを利用したユーザーの摘発は全国初という。

明らかになったのは以下だ
海賊版ネットゲーム開設者

  1. 公衆送信権の侵害の正犯
  2. 同一性保持権の侵害の幇助

ゲームユーザ

  1. 同一性保持権の侵害の正犯

公衆送信権侵害の方はネットゲームの開設ではなく「自分のホームページでゲームのキャラクター画像を勝手に使用してユーザーを募っていた」ことらしいので、ここでは問題にしない。

しかし、まぁ、なんということでしょう〜!
ネットゲームのユーザが正犯で、ネットゲームの開設者が共犯?! 開設者が「別のサーバー上で正規ゲームと同様のゲーム空間を作り出した上で多数のユーザーにプレーさせた」んじゃないの??? 意味が分からなさすぎる。





2,想像と解説


正直、意味が不明すぎるが、いくつか無理矢理解釈できる可能性がある。ヒントは昨日の読売新聞の「模倣サーバーの仕組み」なる解説イラストだ。

このイラストでは、不正な利用者は正規サーバからプログラムをダウンロードしており、正規のものを正規でダウンロードしているのだから問題ないし、やはり模倣サーバの開設が問題じゃないのか、と最初思っていた。

しかし、ここで私が注目したのは、「プログラムの改変指示」という吹き出し。

県警によると、海賊版は「エミュレーター(模倣)サーバー」と呼ばれ、内容は同じだが、ゲームの進行速度やキャラクターの移動速度が速いなどの改変を加えられていた。

このネットゲームがどういう仕組みか分からない。正規サーバではなく模倣サーバに接続するための改変が加えられたであろうことは想像が付くが、プログラムの改変指示がゲームの進行速度やキャラクターの移動速度などの変更を指しているのかは明らかではない。ただ、仮にゲーム進行速度やキャラクターの移動速度などの変更がサーバに蔵置されたオンラインゲームプログラムではなく、利用者サイドのプログラムだとしたら著作権クラスタならある裁判例を思い出さずにはいられない。


ときめきメモリアルメモリーカード事件、通称「ときメモ事件」だ。

1996年にコナミが自社の恋愛シミュレーションゲームときめきメモリアル』の改変セーブデータを格納したメモリーカード「X-TERMINATOR PS版 第2号 ときメモスペシャル」を販売したスペックコンピュータに対して訴訟を起こした事件。『ときめきメモリアル』は、プレイヤーが高校の3年間をすごす主人公を操作し、卒業式の当日に意中の女生徒から愛の告白を受けられることを目指し能力を高めていくというシミュレーションゲームである。問題となったメモリカードでは、本来低い値から始まるべき主人公のパラメーターがゲーム開始当初から最高値であったり、卒業間近の場面から始められるデータが記録されていた。『ときめきメモリアル』は特にメインヒロインの藤崎詩織からの告白にたどり着くのは決して容易ではなく、コナミ側も開始当初からある程度高いパラメーター値で始められる裏技を用意していたほどであった。

ときめきメモリアルメモリーカード事件 - Wikipedia

ときメモ事件では、ゲームを外部的なプログラムを経由させることにより本来実現が困難な有利なパラメータを使わせることが問題になった事例だ。本件と異なる点は、ときメモ事件ではときメモというゲーム自体に改変を加えてはおらず、メモリーカードという外部要素を経由することもゲーム自体が想定していたことだった。

ときメモ事件に、今回の一件はよく似ているように見える。だとすれば、プログラムの改変が「同一性保持権」を侵害すると構成することも理解はできる。良いとは思えないが。ときメモ事件判決については、ときメモがプログラムの著作物ではなく「映画の著作物」だと認めた点、メモリーカードの内容にも関わらずゲームの改変とした点、侵害主体性を問題にしながら結局「共同不法行為」でざっくり侵害認定した点、すべてに不満だが、とりあえず置いておく。

ときメモ事件では、被告となったのはメモリーカード販売者であってユーザではない*2。ただ、ときメモ判決の前提としては、ユーザの侵害行為があることが間違いない。そして、侵害行為とは「同一性保持権侵害」。本件と同じだ。

恐らく、神奈川県警はときメモ事件に関する最高裁判決並びに大阪高裁の判断の趣旨を用いているのではなかろうか。これなら、確かにユーザは同一性保持権の正犯だし、開設者は同一性保持権の幇助という理屈が通る。




3,疑問

なぜ、同一性保持権なのか。

海賊版ネットゲーム開設自体を公衆送信権侵害の正犯とせず、ユーザを同一性保持権侵害の正犯とした上での幇助なのか。

以下は完全に想像だが、この「模倣サーバ」は海外サーバを用いていたのではなかろうか。海外サーバの場合、著作権法属地主義の原則から、日本の著作権法の適用をすることができない。もちろん、海外サーバに海賊版のシステムをアップロードする行為が国内で行われていれば、それは複製権侵害などを構成しうる。しかし、たった一度のアップロード行為がいつ行われたか、どこで行われたか、本当に開設者が行ったかを立証するのは相当困難で、証拠を揃えることもできないだろう。そのため、開設して「プレーさせている状態」を問題にしなければならない。そこでこのようなヒネクレタ方法を採ったのではないかと想像する。

本命は、サーバ開設者だろう。

では、なぜユーザも書類送検したか。おそらく、ユーザを同容疑で起訴することはないと思う。あくまでサーバ開設者を本命として、しかしサーバ開設者は「幇助」ゆえに正犯に関する被疑事実も揃えて送検しておいた、そういうところが妥当ではなかろうか。



4,同一性保持権の危険性

この事件で改めて露呈したのは、同一性保持権の危険性だ。なぜ同一性保持権が危険か。なぜなら、他の著作者人格権、著作支分権、著作隣接権、どれを取ってもこのような行為が権利侵害になることがないからだ。複製権は私的な複製を認めている。上映権、口述権、展示権は「公に」することが著作権であり、公にでない場合は権利の内容に含まれない。公衆送信権は文字通り公衆のみ、貸与権も公衆への貸与が権利の内容だ。譲渡権はそのような観念をする必要がないので問題にならない。

翻案権も同様だ。43条1号で私的複製は翻案利用を認めている。同一性保持権は翻案権とパラレルに理解されており、侵害に関する規範も同一である。著作者の有する翻案権、それが同一性保持権と考えても大きく外れてはいないと思う。

ところがだ、同一性保持権には「公に」の要件も「公衆」の要件も含まれていない。個人的に家でこっそりやっても同一性保持権侵害になるのだ。本件でプログラムの改変が翻案権侵害にならないのは、ユーザがユーザで個人的にこれを行なっており、改変したゲームプログラムを譲渡したり公開したりしていないからだ。しかし、同一性保持権侵害には該当する。

これはどういうことか。国語の教科書の作者写真に落書きしたら同一性保持権侵害になって犯罪だということだ。

お風呂場で鼻歌を歌ったら音痴でメロディーが改変されたら同一性保持権侵害か。「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」は許されるので、音痴は「やむを得ない」からそれはセーフじゃないかな。でも、教科書の落書きはやむを得なくないからアウト。

ホントにそれでいいの?




【おしらせ】
全く著作権のこと知らないけど興味はあるって人向けにボランティアで「入門著作権法勉強会」というものを始めました。興味がある方はtwitterにて @sophizm にreply投げてください。どうぞ気兼ねなくよろしくお願いします。

*1:ただし、113条2項によりプログラムの著作物を「業務上電子計算機において使用する行為」を侵害とみなしている。ここでは業務上の可能性が低いと考えたため問題にしない。

*2:しかも刑事ではなく民事だ。