GOZKI MEZKI

@sophizm の上から涙目線

「ワンフェスのフィギュアは当日版権だから転売はアウト」は本当なのかしら?

0,導入

こういうまとめを読みました。

togetter.com

転売厨タヒね!という気持ちはわかります。数は少なくとも愛着持って手間ひまかけて作ってるんでしょうし、お金にしか興味のない人ではなく、その作品を気に入ってくれた人に譲りたいって普通は思いますよね。

 

1,当日版権は転売アウトなの?

それはそうと、このいうツイートがまとめの最初の方に載っていて、なるほどそういうものがあるのか!とおもったわけです。確かに、権利者がOKしてないなら転売できないんじゃないの?と。

 版元がワンフェスだけでならこのキャラクターのフィギュアを売っても良いですよって許諾を出しているわけですね。版元が預かり知らないところで型を使って量産して販売するのはダメだけど、ここでだけならOKですよ、ということみたいです。コミケとかの同人誌が許諾を得ずに暗黙の頒布ルールの下でやっているのとは文化の違いがおもしろいです。

 

2,著作権法的にはどうなの?

版元がどういう理屈で許諾を出して当日版権というカタチにしているのか、と考えると、これはキャラクターの著作権に基づく著作権者の立場で許諾をしているんだと思うんです。どういう権利かというと、まずはフィギュアの造形について複製権*1あるいは翻案権*2が、そして販売について譲渡権*3が関係してきますね。

 

特に転売に関しては譲渡権がその本丸です。

 (譲渡権)
第二十六条の二  

著作者は、その著作物(映画の著作物を除く。以下この条において同じ。)をその原作品又は複製物(映画の著作物において複製されている著作物にあつては、当該映画の著作物の複製物を除く。以下この条において同じ。)の譲渡により公衆に提供する権利を専有する。

 つまり著作権者は譲渡に際してそれをしていいかダメかを決める権利があるわけです。これはフィギュア製作者の第三者への販売(譲渡)はもちろんのこと、その第三者から別の第三者への移転も同じように譲渡として譲渡権の対象となるわけです。原則では。

 

3,譲渡権には制限がある

譲渡はその有償無償に関わらずモノが移転されることを指します*4ので、販売であろうと無償の譲り渡しであろうと、救援物資であろうと譲渡権の対象となるのですが、現実問題として私たちは購入したマンガや映画のDVD、それに本なんかを他の人にあげたり、中古屋やネットオークションで売ったりしてるわけですが、そのたびにそのマンガや映画DVDや本の著作権者に譲渡の許諾を得ているわけじゃないです。なぜかっていうと、譲渡権は一定の場合に無くなるからです。

(譲渡権)
第二十六条の二 
2  前項の規定は、著作物の原作品又は複製物で次の各号のいずれかに該当するものの譲渡による場合には、適用しない。
一  前項に規定する権利を有する者又はその許諾を得た者により公衆に譲渡された著作物の原作品又は複製物

(中略)

四  前項に規定する権利を有する者又はその承諾を得た者により特定かつ少数の者に譲渡された著作物の原作品又は複製物

 著作権法は譲渡権について一体の場合に適用されないと規定していて、一般にこれを譲渡権の「消尽」と呼んだりするわけですが、要するに一度許諾を得て市場に出た著作物は、その後の譲渡に際して譲渡権が適用されないということです*5

 

私たちが買っマンガや映画DVDや本は適法に権利者の許諾を得て市場に流通しているものなので、その後それを誰かにプレゼントしようが売り払おうがいちいち権利者の許諾をもらわなくても大丈夫、ってことです。

 

4,当日版権も消尽するのか

そうすると版元から適切に許諾を得て販売されたワンフェスのフィギュアも、それをその購入者がヤフオクで転売しても版権的には大丈夫なのでは? という疑問が湧くわけです。

 

他方で、当日版権ということは当日でしか販売できないのだから、条文にいう「許諾を得た」の許諾には当日のみが含まれており、それ以外の日はそもそもその「許諾」の外なのだから譲渡権が消尽するとしてもそれは版権が許した当日の範囲でしかなく、以降に流通させることは法の適用外ではないか、ということも考えられます。

 

5,消尽は強行規定

じゃあ実際どうなのか、というと、著作権法第26条の2第2項は「強行規定」と一般に解されているようです。つまり、当事者間の特約等で譲渡権の消尽を否定することはできないわけです。なので、版元が当日のみ販売してもいいですよ!といったフィギュアは、たしかに当日しか販売できない一方で、当日販売されたフィギュアはそこで譲渡権が消尽してしまい仮に版権が当日のみだったとしても転売を妨げることにはならない、という結論になります。

 

6,まとめ

私の考える限り、「ワンフェスのフィギュアは当日版権だから転売はアウト」というのは正しくないと思います。

*1:著作権法第21条

*2:著作権法第27条

*3:著作権法第26条の2

*4:ただし貸与はまた別の権利

*5:「著作物」と「著作物の原作品又は複製物」では全然別なんですが、わかりやすく「著作物」と書いておきます

Twitterは新機能をリリースする前にさ……

雑文です。Twitterのする施策があれもこれもモドカシイというお話。

 

 

Twitterがサービス開始から10年経ったそうで。私も来月にはTwitter歴が10年目に突入するので、長い付き合いだなぁと感慨も。ダイレクトメッセージが混線して他人の告白DMが漏洩したり、毎晩クジラが打ち上げられたり、NHK BSでTwitterが取り上げられてタイムラインが熱狂したり、週刊ダイヤモンドに自分のアイコンが載ってウキウキしたり。そういえば、iPhone3Gを購入してパケ放題契約したのももっぱらTwitterをすることが主目的だったな。

 

まぁそんなTwitterも10年も経てば過日の勢いは衰え、新規ユーザーの流入も下降する一方、Twitter社が上場してしまったためにユーザーではなく投資家からの圧力も苛烈なように見え、やることなすことかなり迷走しているように見える。

 

最近だと、

  • 140文字制限を撤廃するだとか
  • Fav(ふぁぼ)をLike!(いいね!)に変えるだとか
  • Tweetを時系列順にしないだとか
  • ニュースキュレーションタブを追加するだとか

でも結局なにやってるかっていうと、同じSNSで好調なFacebookのパクりっていう。他方でFacebook系で絶好調なinstagramTweetでのインライン表示を拒否してユーザーに不便を強いている。

 

いや、ちがうだろ、と。

ほかにすることあるだろ、と。

 

Twitter社が考えるいま大事なこととは「新規ユーザーの流入」と「マネタイズ」とみえる。そしてどちらもその柱はモバイルユーザーで間違いない。いまさらPCのブラウザでTwitterしてる人なんてそう多くないだろうし、新規ユーザーともなればなおさらだ。実際、Twitterスマホの公式アプリでのプロモーションツイートを頻繁に表示するようにしている。公式アプリでTwitterを見ると、8ツイートに1つがプロモーションツイートになっている。これに公式RTと非時系列のタイムラインが組み合わされば、繰り広げられるのはカオスな世界で、見難いことこの上ないのだが、とりあえずこの点は置いておく。

 

で、Twitterがなにを置いてもまずやるべきことは

「モバイルのブラウザ上でのTweet表示の振る舞い」

を改善して、新規流入への導線を整えることだと私はおもう。

 

とにかくTwitterはモバイル表示が壊滅的に酷い。

  • 画像が複数投稿できるのに1つしか見られない
  • 画像を拡大して見たいのにできない
  • 動画が投稿できるのに動画が見られない

のように、興味があってTweetをわざわざ見に行っているにも関わらず、見たいものが見られない。他にも公式引用ツイートにも対応しておらず、せっかくしたアクションに対して落胆が大きすぎる。さらに

  • RTやLikeしようとするとログインを求められるが、ログインするとホームに飛ばされ目的のTweetをRTしたりLikeできない
  • それなら公式アプリで開こうと上部に表示されるTwitter for iPhoneのボタンを押すとAppStoreのダウンロードページに飛ばされる
  • URLがちがう(mobile.twitter.com)

といったあたりも、イライラポイントを的確に刺激してくる。

 

現状、不便さが目立つモバイル表示を便利なアプリに誘導するのではなく、両者が完全に断絶されてるのはさすがに問題だろう。

 

外部サイトからTwitterへの流入は本来歓迎されるべきもの。外部サイトからの流入はすべてブラウザだと言ってかまわないだろうに、いまやメインストリートであるモバイルでの表示が壊滅的というのはかなりの機会損失になっているとおもう。なぜこうも放置され続けるのか本当に理解できない。

 

Twitterが課題にしている新規ユーザーの獲得というところでも、モバイルからの導線の悪さは大きなポイントだとおもう。広告なんかもたくさん打っているけど、いまさらTwitterのことを知らない人なんて皆無だろうし、広告見てじゃあTwitterはじめてみようかななんていまさら考える人もまずいない。そんなときにまず触れるのはモバイル表示のTwitterのなのだから、入り口は小奇麗に整えておくべきだろうに。

 

なのでTwitterは、ニュースキュレーションアプリのパクりをするよりも、Facebookのパクりをするよりも、LINEのパクりをするよりも、まずは足元のやるべきことがあるでしょ!!とね。

 

ま、Twitterに思い入れのない人には、あの大人気サービスのこんな機能を取り入れました!ってアピールのほうが効果的なんだろうなって穿った見方しちゃうし、つまりTwitterに思い入れのない人が口出ししているんだろうなって確信しちゃうよね。



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というわけで、はてなダイアリーはてなブログに切り替えてみたので、とりあえずなんぞ書いてみた。こんな内容なら燃える心配ないしね。

「法の支配」ってそういうことじゃないのでは?

安倍総理大臣は先週の講演で、南シナ海で中国が人工島を造成している問題に関連し、「自由で平和な海は絶対的に必要で、国際法による法の支配が貫徹されなければならない」と述べ、一連の会議で各国の首脳との間で「法の支配」を徹底する重要性などを確認したいという考えを示しました。
海洋での「法の支配」徹底を確認へ NHKニュース
11月10日 4時35分

うん?
法の支配ってそういう使い方をする言葉だっけか? これじゃ「法の遵守」の言い換えじゃないのかなって思うんです。いや、以前からちょっと気になっていたんですが、現政権ではたびたび「法の支配」という言葉が出てきていたものの、どうも私が知っている「法の支配」と、安部首相や菅官房長官が使っている「法の支配」が同じ意味とは思えないわけで。

官房長官は「オランダには国際司法裁判所があるなど、伝統的に『法の支配』を重視する国だ。今回の訪日を通じ、政治、安全保障分野を含むオランダとの戦略的協力関係の強化を目指したい。また、100人のオランダ企業関係者が同行予定であり、経済協力関係の強化も期待したい」と述べました。
オランダ首相訪日へ 10日に首脳会談 NHKニュース
11月5日 13時07分

私は、総理就任以降、皆さんのお国10か国全てを訪問いたしました。行く先々で温かいおもてなしを受けるとともに、『法の支配』の尊重という重要な大前提がASEAN各国と日本との間で共有されていることを実感いたしました。
平成27年11月4日 「東南アジア青年の船」参加青年代表による表敬 | 平成27年 | 総理の一日 | 総理大臣 | 首相官邸ホームページ

中谷元防衛相は23日の記者会見で、南シナ海で中国が埋め立てた岩礁周辺に米軍が艦船を派遣すること関し「中国を含む各国が緊張を高める一方的な行動を慎み、法の支配の原則に基づいて行動することが重要だ」と述べ、中国を批判した。
【南シナ海問題】中谷氏「一方的な行動慎むべき」 米艦派遣めぐり中国批判 - 産経ニュース
2015.10.23 18:38


いわゆる「法の支配」とは何か。wikipediaでは

法の支配(ほうのしはい、英語: the rule of law)とは、専断的な国家権力の支配を排し、権力を法で拘束するという英米法系の基本的原理

と書かれている。法が拘束するのは「権力」。それでは法の遵守との差異は見出しにくいが、

法の支配は、専断的な国家権力の支配、すなわち人の支配を排し、全ての統治権力を法で拘束することによって、被治者の権利ないし自由を保障することを目的とする立憲主義に基づく原理であり、自由主義、民主主義とも密接に結びついている

つまり、国家権力による支配は、民主制を経て制定された法律の範囲内においてのみ許容されるという原理なわけです。その思想の根源は

国会が権限を濫用して被治者の自由ないし権利を侵害することがあり得ることを前提とするものであって、権力に対し懐疑的で、立憲主義権力分立と密接に結び付いている

もので、一般論としての「法の遵守」とは次元が異なる。最近だと権力に対する懐疑的態度は"反日"とか言われかねない息苦しさがありますが……。

法の支配が立憲主義に基づく原理とある通り、ここで通説的に念頭に置かれている『法』とは、全法秩序のうち「根本法」ないし「基本法」のこと、つまり『日本国憲法』がそれにあたるわけです。ところが首相などの用法では”国際法による法の支配”とある通り基本法以外の法について法の支配と言っていて、違和感を覚える。集団的自衛権問題にしろTPPにしろ、憲法に比して国際協調をより重い価値として見ているような印象を私は受けてしまいます。

で、調べてみると、安部首相が自身の言葉で「法の支配」について語ったものがネットに。昨年、2014年に国際法曹協会(IBA)東京大会年次総会で安部首相がしたスピーチがそれです。首相官邸のwebページにスピーチの動画と書き起こしがありました。

平成26年10月19日 国際法曹協会(IBA)東京大会年次総会 安倍総理スピーチ | 平成26年 | 総理の演説・記者会見など | 記者会見 | 首相官邸ホームページ

一部、抜粋してみます。

私が「法の支配」について思うところをお話しさせていただきたいと思います。

 「法の支配」との用語は、西洋を起源としますが、その内容は普遍的なものです。決して西洋に限られるものではありません。アジアにも、古くから同じような考え方があります。「法の支配」の本質は、権力は絶対ではなく、権力の上に、権力が奉仕すべき、また、権力が縛られる道徳的実在がある、と言うことです。その実在とは、西洋の啓蒙思想では、「国民の一般意思」と言われたり、日本を始めとする北東アジアの国々では、「天」と呼ばれたりします。

権力が縛られるという観点では本来の通説的な意味の「法の支配」であって、法の遵守という意味で法の支配を用いているようには見えません。ただ、いきなり権力の上に道徳的実在があると言い出してます。憲法の存在には前後して一切触れられることはありません。一方、続けて安倍首相はこのようにスピーチしています。

権力は、常に、法の僕(しもべ)なのです。

 国際社会もまた、例外ではありません。20世紀には、国際社会もまた、「法の支配」を基盤として構成されてきました。それまでは、国際社会において、暴力が完全に否定されていませんでした。戦争や植民地支配が当たり前のようにまかり通りました。20世紀半ばに至り、戦争が否定されるようになり、国連憲章を基盤とする新しい国際社会が築かれました。

法と正義の支配する国際社会を守ることが、日本の国益であり、日本外交の理念であります。我が国は、国際社会における「法の支配」の実現のため、幅広い外交を展開しています。

ここで冒頭のような法の支配の用法が出てくるに至ります。国家という権力を縛るという意味では、確かに国連憲章国際法をそのように擬制することができなくはないですが、本来、主権者たる国民と国家との関係性を表現する「法の支配」を国家と国家の関係性に対して用いるのは、その主旨を大きく異にするのではないかと感じます。権力を縛るものであることを明言しつつ、基本法の存在を無視し、道徳的実在を持ち出し、国家間の国際関係に流用する。意図的に意味を変容させているように読めてしまいます。




他方で、法の順守と意味で「法の支配」と用いることが特異か、と言われれば必ずしもそうではないようです。

先日から議論を巻き起こしているユネスコの記憶遺産。その「記憶遺産保護のための一般指針(GENERAL GUIDELINES TO SAFEGUARD DOCUMENTARY HERITAGE)」では、以下の様な記述があります。

2.5 Ethical issues

2.5.4 The “rule of law” is respected. That is, contractual obligations, copyright legislation, moral rights, agreements and relationships with donors, depositors or clients are consistently observed and maintained with integrity and transparency. This recognizes that trust can be easily destroyed if it is abused.
http://unesdoc.unesco.org/images/0012/001256/125637e.pdf

rule of law”、すなわち「法の支配」ですが、ここでは契約や知的財産を守ることを内容としており、主旨としては法の遵守のようです。文部科学省による邦訳でも

2.5 倫理問題

2.5.4 「法の支配」を尊重する。即ち、契約上の義務、著作権法著作者人格権、寄贈者や寄託者またはクライアントとの合意や関係を、誠実かつ透明性をもって守り、保つ。これは、信頼は、悪用すれば簡単に壊れかねないことを認識することである。
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2015/07/07/1355545_02_1.pdf

とあるので、学術的な意味での「法の支配」とは乖離した語として用いられている場面もあるようです。

Dropboxとかって著作権的には完全にシロだと思ってた。

0,導入

インターネットのクラウドがもてはやされるようになって久しい。DropboxやOneDrive、SugarSyncといったオンラインストレージサービスが欠かせない人も少なくないだろうし、iPhoneを使っている人はiCloudに写真やさまざまなデータを預けている人も多くいるだろう。これらクラウドサービスについて著作権法上の問題点を検討する審議会が去年の7月から数度にわたって開かれていた。



1,ロッカー型クラウドサービスに関する検討

その審議会の名前は「著作権分科会 著作物等の適切な保護と利用・流通に関する小委員会」。特にロッカー型クラウドサービスに関する検討が重点的に行われていたようだ*1

そこではロッカー型のクラウドサービスについて4つの分類をしてそれぞれに著作権法上どういった問題があるのか検討されていたと聞く。





このうち、Dropboxなどのオンラインストレージはタイプ2の「プライベート/ユーザーアップロード型」になる。


2,プライベートで使うロッカーサービスに問題なんて……

そもそもDropboxなんかの個人的に使うためのプライベートなクラウドロッカーサービスに著作権法上の解決すべき問題点なんて存在しないと思っていた。考えうる抵触しそうな著作権法上の権利は

あたりかなと思う。

アップロードに関わりそうなのはローカルからサーバへの複製(複製権)とサーバにファイルを置く送信可能化(公衆送信権)、ダウンロードに関わりそうなのはサーバからローカルへの複製(複製権)と自動公衆送信(公衆送信権)なのだが、これらについては著作権法的に完全にクリアだと私は判断していた。

まず公衆送信に関わる自動公衆送信と送信可能化は、文字通り「公衆」についての権利だ。公衆とは、不特定または多数を指すのが通説で、ある著作物を使う行為が個人的なものであるなら特定かつ少数なので「公衆」には当たらない*2。よって、公衆送信に関しては著作権法上問題ないでしょ、と思うわけです*3

一方で、複製については小難しいことを考える必要がない。プライベートな複製行為なのだから、まさに「個人的に又は家庭内そのたこれに準ずる限られた範囲内において使用すること」なので、私的複製で完全にセーフだ。セーフだ。




ちがうのか!


3,私的複製には当たらない……かも?

上に書いた審議会のやり取りを見るまでは完全にセーフだと思っていたし、そうだと完全に信じきっていた。あまりにも単純にど真ん中で私的複製に見えたので、著作権的に問題があるわけないだろうと思い込んでいた。

思いがけない条文を見逃していたようだ。

第三十条  著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。
一  公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器(複製の機能を有し、これに関する装置の全部又は主要な部分が自動化されている機器をいう。)を用いて複製する場合

著作権法

こういう単純なものを見逃していたことを記事にするのは大変恥ずかしいのだが、読み逃しがちな条文に足を取られてしまった。30条1項1号は派手なタイプの条文じゃなかったので思い至らなかった。恥ずかしい。

確かに、確かに、だ。確かに、送信は公衆に対してなされているものではないけれど、クラウドロッカーサービスで使われているサーバ自体はまさしく「公衆の使用に供することを目的として設置されている」装置に相違ない。なので、サーバを介してなされる複製行為は私的複製による権利制限の例外事由にあたり、私的複製ではない、という結論になってしまう。

いやぁ、知らなかった。これを知ったときホントに

(; ・`д・´) ナ、ナンダッテー !! (`・д´・ (`・д´・ ;)

ってなりましたよ。


4,審議会での結論

このタイプ2について、審議会ではどういうまとめがなされているか。

ロッカー型クラウドサービスにおけるサーバーが公衆用設置自動複製機器に該当するか否かについては,[1]該当するとの見解,[2]該当しないとの見解がそれぞれ示された。

権利者からは,[1]該当するとの立場から,公衆用設置自動複製機器を用いた複製について権利者の許諾が必要とされているのは,第三者の関与と当該第三者が利益を享受しているという観点が重視されているのであって,ロッカー型クラウドサービスにおけるサーバーも同様の観点から,公衆用設置自動複製機器に当たらないという整理でいいかは疑問である,との意見が示された。

こうした意見に対して,有識者からは,以下の意見等,[2]該当しないとの立場からの意見が示された。

  • 公衆用設置自動複製機器を用いた私的使用目的の複製を権利制限の対象としないこととした趣旨は,立法当時,高速ダビング機器等が,業者がコピーする代わりに利用者にさせるという一種の法律回避のために利用されていたため,そうした事態に対処するものであり,クラウド上のサーバーは想定されていなかった。
  • ロッカー型クラウドサービスにおけるサーバーで行われる複製は,家庭内にあるハードディスクの延長線上にあるものであると考えれば,家庭内での複製とある程度等価ととらえることができるため,高速ダビング機器の場合とは事情が異なるのではないか。

文化審議会著作権分科会 著作物等の適切な保護と利用・流通に関する小委員会 クラウドサービス等と著作権に関する報告書(案)

と両論併記しつつ

以上のように,タイプ2の枠内で行われる利用行為については,基本的には,利用行為主体は利用者であり,当該利用者が行う著作物の複製行為は,私的使用目的の複製(第30条第1項)であると整理することができ,権利者の許諾を得ることは特段不要であるとの意見が示された。

文化審議会著作権分科会 著作物等の適切な保護と利用・流通に関する小委員会 クラウドサービス等と著作権に関する報告書(案)

以上の議論等を踏まえた結果,現時点においては,タイプ2について,権利制限規定の創設等,法改正を伴う制度整備を行う必要性は認められなかった

文化審議会著作権分科会 著作物等の適切な保護と利用・流通に関する小委員会 クラウドサービス等と著作権に関する報告書(案)

と結論付けている。よく分からん。

文面通り受け取れば許諾なければ違法だけど、権利制限や法改正されるのも面倒だから見なかったことにしよう、ってことかな。よく分からん。


5,ちなみにコンビニのコピー機は

公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器といえば、コンビニや図書館*4やらに設置されているコピー機はどうなのか、というところが気になる人もいるかもしれない。書籍をコピーするとき、私的複製だからセーフだと思っていたのに、みんなが使えるコピー機でコピーとると1項1号に当たって違法になっちゃうのでは、という懸念。

これに関しては、セーフです。

著作権法の附則に

(自動複製機器についての経過措置)
第五条の二  著作権法第三十条第一項第一号及び第百十九条第二項第二号の規定の適用については、当分の間、これらの規定に規定する自動複製機器には、専ら文書又は図画の複製に供するものを含まないものとする。

という規定があるので、コピー機でコピーをとる分については引き続き私的複製として問題なくすることができますね。

ひるがえって、クラウドロッカーサービスでも問題になるのは文書と図画以外ということ。つまり、音楽や映画、プログラムなんかがもっぱら問題になるのね。

*1:詳しくは12月に出された報告書に:http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/hogoriyo/h26_09/pdf/shiryo_1.pdf

*2:この点、まねきTV最高裁判決の射程が問題になるが、汎用型のサービスには及ばない(と信じたい)

*3:自動公衆送信はサービス提供者の行為なのでユーザの行為として問題にされることは考えなくてもいいかなとも思っている

*4:2015年7月1日削除

恨むなら著作権法を恨め。JASRACじゃなく、法律を。

という記事を書こうと思っていた。


私は現在の日本に著作権法に不満がある。

だから著作権法を勉強したりした。

不満があるからこそ、その不満の根はどこにあるのか、その不満は正当なのか。学がなければ問題意識も持てない。そうして聞きかじった知識で少しばかり分かってきたことは

JASRACは悪の組織じゃない

ということ。もちろん、細かいところでは問題がある。法律の解釈にむちゃくちゃな理屈を持ち込んで、しかもそれを裁判上で認めさせてしまったり、実務上の合理的判断から100%公平な運営ができなかったり、そういう細かい問題は無数にあるが、いずれもテクニカルで実務的な論点で、一般に分かりやすく「ザ・悪」みたいなことはそう多くないようだ、と印象を持った。異論、反論が山のように飛んできそうだけど。。。

JASRAC著作権法に従って活動している。

著作権法が定め、司法が認めた範囲でしか活動していない。法律の範囲を超えて暴利を貪っているわけではない。もし、JASRACがしていることに反感があるのなら、それはJASRACが悪いんじゃなくて著作権法がそうなっているのが悪いはずだ。逆に、著作権法がそうなっているとしても細かい部分は見逃してくれよ、という気持ちももちろん分からなくもない。しかしそうすると、JASRACに預けている著作権者、権利者が本来もらうべき利益を損なってしまい、そちらのほうが問題だ。端数の10円くらいもらわなくてもいいかなってバイトのレジが勝手に判断したら怒られるように。

JASRACがゴネるから日本ではサービスが開始できない、というのも間違っている。著作権管理団体には「応諾義務」というのがあり、許諾を求められれば必ず許諾しなければならない義務が法律上課せられている。なので、この音楽を使わせてくれと言われれば、JASRACは許諾する。もし、日本で開始されない音楽サービスがあったとしたら、それはJASRACの問題ではなく、著作支分権の問題ではなく、他の権利の権利者の問題だと思ったほうがいい。


JASRACが何らかの強行な手段に出た場合、必ず出てくる「カスラック」論も的外れだ。先日もこんなニュースがあった。

JASRACはBGMを利用していながら音楽著作権の手続きが済んでいない全国の171事業者、258施設(美容室、理容店、アパレル店、飲食店他)に対し、民事調停を全国の簡易裁判所に申し立てました。
全国各地に所在するJASRACの15支部が一斉に法的措置を行うのは、初めてです。BGMを流す施設の著作権管理を開始した2002年当時は、ほとんどの施設が業務用BGMを利用していました。業務用BGMの場合、音源を提供している日本BGM協会及び全国有線音楽放送協会加盟社などが施設に代わってJASRAC著作権の手続きを行っていたことから、適法に利用されていました。
ところが、ここ数年、BGMの音源が多様化(市販のCD、携帯音楽プレーヤー、パソコン、インターネットラジオ等)してきました。こうしたBGMの利用については、利用する施設ごとに個別に著作権の手続きを行っていただく必要がありますが、いまだに手続きが行われていない施設が多く存在しています。
BGMの著作権管理については、管理開始以降、継続して取り組んでいますが、繰り返しの催告にもかかわらず、手続きに応じない施設に対し民事調停の申立てを行いました。
JASRAC:プレスリリース「BGMを利用する全国258施設(171事業者)を一斉に法的措置」

ネットでは、自分でお金を払って買った音楽なのに自由に使えないなんておかしい!という声をよく見た。私もそう思う。自分がお金出して自分のものにしたCDをどう使おうが自分の勝手だろ!という気持ちはすごく分かる。なんで買った音楽を使うときにもう一度お金払わなきゃいけないんだ、と。自分のものは自由に使っていいだろ、と。完全に同意と言わざるを得ない。

しかし著作権法はそれを認めていない。

著作権法がそれを認めていない以上、著作権を預かるJASRACがその違法行為を見逃すのは業務上の信義に悖る。違法状態を放置し、本来得られるべき利益を損なうことは、JASRACがではなく、作詞家や作曲者や著作権者の利益を失することになる。


だから、恨むなら著作権法を恨め。JASRACじゃなく、法律を。と思っていた。そういう記事を書いてもいいと思っていた。

しかし、今日の別のニュースを見て、私はただただ憤りを感じている。それがこれだ。

USENレコチョクは6月15日、店舗用BGM配信サービス「OTORAKU−音・楽−」を発表した。月額3780円(税別)でサービス内に用意されたプレイリストを再生できるというもので、iPad向けアプリ(iOS 8.1以上)として個人事業主を含む法人向けに7月からサービスを提供する。

最近では、BGMを利用していながら音楽著作権の手続きが済んでいないとして、日本音楽著作権協会JASRAC)が6月9日に全国の171事業者・258施設に対して全国の簡易裁判所に民事調停を申し立てを行ったことが記憶に新しい。JASRACは2002年からBGMを流す施設の著作権管理を開始しており、業務用BGMとして音源を利用する場合は店舗ごとに著作権の手続きが必要になる。こうした流れを受け、宇野会長は「各店舗のイメージに合った楽曲を安全に使って空間作りに生かしてほしい」と話す。
違法BGM利用店舗は46万件:「合法的に店で音楽を流せる」 USENとレコチョクがiPad向けに店舗用BGM配信アプリ「OTORAKU」を提供 - ITmedia LifeStyle

タイミングが良すぎる。なんだこれは。JASRACが全国の171事業者、258施設を簡易裁判所に訴えたのが6月9日、USENレコチョクの発表が1週間も経たない6月15日。まるで狙いすましたようなタイミング。まるで見計らったようなタイミング。まるで口裏を合わせていたかのようなタイミング。

ふざけるなと。

いや、見計らったり口裏を合わせていたなんて確証はない。だから、もしも見計らったり口裏を合わせていたとしたら、ふざけるなと言いたい。もしもそうだとしたら、訴訟提起という社会的に暴力性の高い行為に出たのが、新規サービス開始を見越してのことだったとしたら、恫喝的に新規サービスへ誘導しているように見えてしまう。ある意味、新規サービスの広告を訴訟という強硬な手段によって成しているように感じてしまう。訴えられた258施設は生贄じゃないか。258の生贄を墓地に埋葬して新規サービスを召喚ってか?ふざけてる。

福井健策先生は朝日新聞の取材に対して

「啓発や世間へのアピール効果を考えてのことだろう」
無断でBGMダメ! JASRAC法的措置に店は困惑:朝日新聞デジタル

とコメントしている。確かに世間へのアピール効果は絶大かもしれない。

それにしてもしかし、JASRACはいちサービスに対して便宜を図ったと世間に捉えられかねないことをして、大丈夫なのだろうか。


【追記】

長谷川豊さんの著作権の話

こんな記事が出ていたので取りあえず……。一応、著作権の資格は持ってないけど、人間として、解説だけしときます。参考までに。

堀江さんの著作権の話

堀江貴文さんが近畿大学で自身の行ったスピーチが全文書き起こされて憤慨してることについて、長谷川豊さんが著作権の解説をしてるんですよね。わずか54行のブログ記事なのに、ため息なしには読み続けられない内容なんです。
ここでポイントは長谷川豊さんが明かしているんですが…

・スピーチの著作物性
・引用の成否
著作者人格権の侵害

とかいろいろそれっぽいこと記しているんですが…いやいやいやいや(苦笑)。これはちょっと認識が全然間違っていましてですね……

●今回の説明は単に完全にダウトです
まず、皆さんもちょっと意外な感じがするかもしれないんですが、著作権法の2条の18項ってのがありま……せん。著作権法の第2条は9項までしかないので、長谷川豊さんが見ている著作権法は日本の著作権法ではない可能性がありますね。著作権法第2条の第1項には18号があって、そこには「口述」の定義が書いてあるため、長谷川豊さんの書いていることに類似していますが、そのことなのかどうか著作権の資格を持たない私にはちょっと判断が難しいです。

で、著作権法第2条第1項第18号には

「講演会とかで話した内容=著作物」

なんて書いてません。条文にはこうあります。

口述 朗読その他の方法により著作物を口頭で伝達すること(実演に該当するものを除く。)をいう。

ここにあるのは「口述」の著作権法上の定義で、著作物の内容に講演会とかで話した内容が含まれると明記するものではないはずです。そもそも「著作物を口頭で伝達すること」が「著作物」の定義だとすると、トートロジーじゃないですかー。

「口述」とは行為態様で、著作物とはあくまで

思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

という第2条第1項第1号の規定に集約され、それ以上でもそれ以下でもそれ以外でもないです。つまり、堀江さんのスピーチが著作物かどうかは講演会で話した内容であるかないかではなく、単純に話されたスピーチの内容が「著作物」の定義に合致するかしないかでしかないです。

「講演会とかで話した内容=著作物」なのは、堀江さんのスピーチが思想又は感情を創作的に表現したものに他ならないからです。

なぜ長谷川豊さんが、著作物に当たるか当たらないかの判断で著作物の定義ではなく、著作物の例示を書いた10条でもなく、アレを示したのか、不思議です。

ちなみに、「報酬を得た上で発している言葉」かどうかは著作物の成否に全く関係無いですね。

●以下、気になるところを列挙

堀江さんが著作権者に該当しますので、堀江さんに「公表権(=18条)」や「公衆送信権(=23条)」っていう権利があるんです

公表権は著作権ではなく「著作者人格権」です。堀江さんに公表権があるのは著作権者だからじゃなくて、著作者だからです。

・個人的に使う=これはですね、全く問題ないです。個人的であればね。著作権法30条に書いてあるんですけれど、何の利益目的でも何でもない場合は、許可はとらなくても問題ない

趣旨としては誤ってないとは思うんです。ただ、私的使用に利益目的かどうかは直接的には関係ないです。多くの場合、利益目的での複製が私的使用になることはないと思いますが。

32条に記載されている「引用」っていう条項が該当するんです。報道や批評のために、あくまで「参考」として活用する場合は認められます。これらの場合に関しては
「記事全文の中の3分の1以内に収めましょう」
ここだけ抑えておけば、一応は大丈夫、というのが通説となっています

著作権クラスタ、大激怒ですね、これは。どこの通説だよ。「引用は1/3まで」とか「メロディーのパクリは4小節まで」とかは、それ、通説じゃなくて俗説ってやつですよ。

引用については近年その要件の変革*1があるものの古典的には

  1. 既に公表されている著作物であること
  2. 「公正な慣行」に合致すること
  3. 報道,批評,研究などの引用の目的上「正当な範囲内」であること
  4. 引用部分とそれ以外の部分の「主従関係」が明確であること
  5. カギ括弧などにより「引用部分」が明確になっていること
  6. 引用を行う「必然性」があること
  7. 「出所の明示」が必要(コピー以外はその慣行があるとき)

という要件が言われています。文化庁のリンクも貼っておきます(当然1/3なんて文言はない)。

「著作人格権の侵害」
っていう行為に該当する

”著作人格権”という言葉が何度か出てくるけど、正しくは「著作者人格権」です。

勝手に内容を改ざんしたり、切るべきところで切らずに書き起したりしてる行為は「同一性保持権」や「翻案権」という、ちょっと難しい言い方をするんですけれど、とにかく著作権違反の行為となります。こうなると「引用」は適応されません

これ、著作者人格権の話で出てきてますが、翻案権は著作者人格権じゃないです。また、”勝手に内容を改ざん”や”切るべきところで切らず”が翻案に必ずしも当たらない場合が多いと思います。とくに切り取りについては翻案ではなく「複製」の場合が多いんじゃないでしょうか。複製だともちろん引用による利用はできるので、誤解を生む書き方です。


著作権の資格とは

長谷川豊さんが持ってらっしゃる「著作権の資格」というものが何なのか知っておきたいですねぇ。その資格の証明する著作権理解には、少々警戒が必要かもしれませんので。


●でもね……

書いてることは無茶苦茶に見えても、結論において概ね間違いはないと思うんです。ここでのツッコミは全体かれ見れば重箱の隅をつつくようなことなのかもしれませんね。堀江さんのスピーチはおそらく著作物だし*2、堀江さんのスピーチを堀江さんから許諾を得ずに書き起こしたりネットにアップしたりするのは著作権侵害だし*3、正しく引用できれば無許諾でも著作権侵害にはならないし*4、著作者の意図に反した改変を加える事は著作者人格権の侵害になり得るし*5

講演の書き起こしについては、以前も某書き起こしサイトが無許諾だと本人に突っ込まれたりしており、あまりに簡単に権利を踏みにじったりしている現状も確かにあるわけです。(根拠や説明は間違っているけど)言いたいこと伝えたいことは誤っていないと思います。自戒を込めて。



もはや私は専門職ではないただの著作権フリークなので、専門家が専門家としての矜持で口を差し挟まないようなゲスいところにはむしろ口を出していこうかなというのが、このブログの思うところです。

*1:鑑定証書カラーコピー事件知財高裁判決 http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/755/080755_hanrei.pdf

*2:説明が間違ってるけど

*3:説明に誤りが含まれてるけど

*4:説明が間違ってるけど

*5:説明に誤りが含まれてるけど

ゲーム実況動画の公認化が中古ゲーム市場を脅かす

かもしれない。

0,導入

本ブログは「法曹関係者ではない」個人ブログです。趣味の法令解釈であって、正確性は各々で判断してください。


1,ゲーム実況動画の公認化

任天堂は12月1日より、ニコニコ動画の「クリエイター奨励プログラム」に参加する。これにより任天堂タイトルを使った「ゲーム実況」動画をはじめ、「弾いてみた」や「描いてみた」などの二次創作動画が“公認”されることになる。

【速報】ニコニコ動画でついに任天堂タイトルの投稿“公認”へ 対応タイトルは「マリオ」「ゼルダ」「ピクミン」など250本以上 - ねとらぼ

任天堂がゲーム実況動画などの二次創作動画を公認したそうです。

ゲーム実況動画と言えば任天堂よりソニー・コンピュータエンタテインメントSCE)のほうが先進的で、PlayStation®4では『シェア機能』というのがハード的に用意されているそうだ。

あなたがプレイしているゲームを、SHAREボタンひとつで配信できるPS4なら、
プレイヤーが体験している興奮を、世界中の仲間と共有できます。
また、ユーザーがアップロードしたり配信したスクリーンショットやプレイ動画は、
PS4はもちろん、スマホタブレットを通じて閲覧、コメントすることができます。
PS4™シェア機能-SHAREボタンが、あなたと世界をつなぐ | プレイステーション® オフィシャルサイト

PS4のデフォルトの機能でゲーム動画をustreamで中継配信したり、プレイ動画をYoutubeにアップロードしたりすることができるわけだ。そして、このシェア機能の存在が、TVゲームの中古市場を脅かすのではないか、という疑念がある。著作権的な意味で。


2,中古ゲームを巡る著作権の問題

なぜシェア機能が中古ゲーム市場を破壊させかねないかという話の前に、中古ゲームに関する著作権法上の問題について書いてみる。

TVゲームに関しては、著作権法上少々厄介な問題がある。著作権法には著作物についていくつかの例示*1があって、

  • 言語の著作物
  • 美術の著作物
  • 音楽の著作物
  • 映画の著作物
  • 写真の著作物
  • プログラムの著作物

などなど、だ*2

で、まずはTVゲームが何の著作物なのか?というところが問題になった。いや、普通に考えればプログラムの著作物ですよね。私もそう思います。ホント。ところが、いくつかの裁判では原告著作権者がTVゲームを映画の著作物だと主張し、裁判所がこれを認めています。例えばある最高裁判決*3では

なんかが映画の著作物と認定されている。

さて、例示されたいくつもの種類の著作物の中で、映画の著作物だけは特別な規定を持っている。なのでプログラムの著作物ではなく映画の著作物と認められることは非常に大きな意味を持つわけだ。具体的にここでは譲渡に関する規定を取り上げたい。

著作権法では譲渡に関する規定が置かれている。譲渡権(第26条の2)がそれで、譲渡に関する権利を著作権者が専有しているため、著作物の譲渡に際しては原則として著作権者の許諾が必要になる。譲渡とは有償無償を問わず所有権を移転させることなので、自分が持っているマンガやゲームやCDを他人に売ったりあげたりするには原則として著作権者の許諾が必要なはず。ところが、私たちは日常生活でマンガやゲームやCDを他人に譲るときに著作権者からいちいち許諾を得るようなことはしていないですよね。これは著作権法が例外規定を置いていて、一度著作権者から許諾を得て適法に市場に流通された著作物に関しては譲渡権が消え(消尽*4)、著作権者の許諾がなくても譲渡できるから。

ところが!

ここからがアレなんだけど、譲渡権の規定とその例外規定が適用されるのは映画の著作物以外の著作物についてで、映画の著作物はこの規定の適用を受けない。映画の著作物が適用されるのは譲渡権ではなく『頒布権』という権利。頒布権は簡単に言うと譲渡と貸与を一緒くたにしたもので映画の著作物に関しては譲渡であろうと貸与であろうとこの規定が適用される。

そして、頒布権には消尽の規定は存在しない。

そこで、映画の著作物では消費者が購入した映画のDVD*5を他人に譲ったり中古屋に売ったりするのに著作権者の許諾が必要で、許諾なく譲ったり売ったりするのは違法になってしまう、という問題が勃発した。これについて裁判所は

公衆に提示することを目的としない映画の著作物の複製物の譲渡については,当該著作物の複製物を公衆に譲渡する権利は,いったん適法に譲渡されたことにより,その目的を達成したものとして消尽し,もはや著作権の効力は,当該複製物を公衆に再譲渡する行為には及ばないものと解すべきである。

として、消尽の規定が存在しない頒布権でも「公衆に提示することを目的としない」場合には消尽するという解釈を示した。


3,シェア機能はマズいんでないの?

映画の著作物と認められたTVゲームの中古販売についても、最高裁は「公衆に提示することを目的としない」場合には消尽するという判決を出している*6。TVゲームを中古売買しても咎められないのは「公衆に提示することを目的としない」からだ。

で、シェア機能だ。

判決は「公衆に提示することを目的としない」場合には消尽するとしか言っていない。シェア機能を備えたTVゲームは、公衆に提示すること目的としていることが明らかなので、もしかするとシェア機能を備えたTVゲームについて消尽が認められない結論が出る可能性も多分にあるかもしれない。

仮に消尽しないとすれば、シェア機能を備えたTVゲームは著作権者の許諾なく他人に譲ったり中古ゲーム屋に売ったりすることはできなくなる。ちなみに、裁判を見る限り、昔からゲーム会社は中古ゲーム売買を敵視しているように私は印象を持っている。ゲーム会社がこの変化に乗じて、再び中古ゲーム市場に対して打って出ることもありうるのではなかろうか。













3,自分なりの検討

A)「公衆に提示することを目的としない」とは

私は専門家ではないので、もちろん確たることなど何一つ言えないのだが、シェア機能が前提として持たれているゲームソフトは「公衆に提示することを目的としない」映画の著作物と言えるのだろうか。映画の著作物が譲渡権や貸与権ではなく頒布権の規定が置かれているのは、映画フィルムの配給制度が前提にあり密接に関係している。つまり、映画館や上映会などで不特定や多数の人に対して上映することを主眼に置いており、また昔は一本のフィルムが映画館を巡回して上映されていたために映画館から映画館に渡るたびに著作権者が金銭を得ることに合理性があっことから、頒布権という形式のものができたと聞く。

そのような趣旨に鑑みれば「公衆に提示することを目的としない」とは、「公衆に提示することを主たる目的としない」と解釈することはできる。もし「公衆に提示することを主たる目的としない」であれば、シェア機能を備えたTVゲームといえどもシェアが主たる目的でなく個人プレイが主目的である以上、消尽すると結論付けることはできそうだ。


B)判例が消尽を認める理屈

消尽に関して裁判所は一貫して特許法に於ける消尽理論を援用している*7。そして、消尽する理屈として以下の3つの事項を挙げていた。

  1. 著作権法による著作権者の権利の保護は,社会公共の利益との調和の下において実現されなければならない
  2. 仮に,著作物又はその複製物について譲渡を行う都度著作権者の許諾を要するということになれば,市場における商品の自由な流通が阻害され,著作物又はその複製物の円滑な流通が妨げられて,かえって著作権者自身の利益を害することになるおそれがあり,ひいては「著作者等の権利の保護を図り,もつて文化の発展に寄与する」(著作権法1条)という著作権法の目的にも反する
  3. 著作権者等が二重に利得を得ることを認める必要性は存在しない

以上の観点から、”公衆に提示することを目的としない映画の著作物の複製物の譲渡”については譲渡権が消尽すると理屈付けているわけだ。

このような観点からは、たとえ公衆に提示すること目的としていることが明らかであっても、市場における商品の円滑な流通を確保するため著作権の効力は再譲渡には及ばないという結論が妥当ではないかと思う。


どちらにしろ、最高裁による判例変更が必要に思えるがどうなのだろう。

*1:著作権法第10条1項各号

*2:ただし、これらは例示であって、必ずしもこれらに該当しなくても”思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの”(著作権法第2条第1号)であれば著作物である

*3:平成14年4月25日最高裁判所第一小法廷判決

*4:”ショウジン”と読む。消尽理論、ファーストセールドクトリンとも言われる

*5:これも映画の著作物

*6:前述平成14年4月25日最高裁判所第一小法廷判決

*7:特許法では法文上に著作権法の譲渡権のような消尽の規定がなく、判例によって消尽を認める理論が確立している